2018年10月号掲載
限界集落に暮らす その3
宮城 恵里子 看護師 
さと子おばちゃんの入院

 「今日はサロンに行く日」と,朝からそわそわしている母。月に1回,小学校近くの公民館で開催される高齢者の集いです。
 サロンから帰ると母は,その日の内容を途切れ途切れに報告してくれます。あるときは「今日は,こんな体操を習った」と,椅子の横に片手片足で立ち,脚を前後に振って見せました。数回でふらつくのですが,また,逆の手足でして見せます。「先生が,毎日続けるといいんだって言ってた」と母。
 「じゃあ,毎日やったらいいんじゃない」と言いかけましたが,やめました。わかっているけど毎日はできない,と,できない理由を並べる母,それを何とか仕向けようとする娘,そういうことで何度となく繰り返された言い合い。うっかり口にはできません。「へぇ,そう」とだけ返し,私自身が母との衝突を避ける術を確認するときでもあります。また,同級生のお母さんと会ったとか,サロンから流れて我が家に招き昼食会になるときもあり,違う刺激をもらえる場になっているのです。

 ところが,その日は違っていました。いつも車に乗せて行ってくれるさと子おばちゃんが足の骨が折れて入院していたというのです。
 2日前に会ったときは元気だったのに,と母は気落ちしています。集落では入院した人がいると,必ず1回はお見舞いに行くのが常です。聞けばお見舞金も一律決まっているとのことです。母にとっては一番のお友だち,早速お見舞いに行くことになりました。
 40分ほど車を走らせた小高い丘のところに病院はあります。
mihomiho7さんによる写真ACからの写真
 過去に母も2度入院したことがあるのですが,1人で行くには億劫になる道のりです。ましてや高齢者ではなおのこと。母,富士子おばちゃん,もう1人のおばちゃんを乗せて総勢4人で,さと子おばちゃんのもとへ出発。
 母は,長い廊下をシルバーカーを押して,エレベーターの前にたどり着きました。エレベーターを滅多に利用する機会がない高齢者3人,「(エレベーターに)に慣れないから(私と)一緒でよかった」と。しばし,エレベーターガールを務めたのでした。
 膝蓋骨にひびが入ったようで,おばちゃんの右足はアイスノンが当てられ,その上から装具で固定されていましたが,痛々しいほど腫れていました。痛み止めを飲んで痛みはだいぶ軽くなってきたという言葉に,みんなで安堵しました。ケガの顛末を聴いた高齢者3人は,自分たちも転ばないように気をつけなきゃとお互いの顔を見ながらうなずき合っていました。私は「日が長い」というおばちゃんに,筋肉が落ちないようと手足の運動を教えました。
 そうこうするうちに,千代子おばちゃんと文子おばちゃんがお見舞いにきました。入院した人がいたら早々にお見舞いに行くという慣例のとおりです。そこで,入れ替わるように私たちは帰りました。この後,同じように2人もケガの顛末を聴き,自分たちも気をつけようという話になるのです。お見舞いの場は,集落住民の情報共有の場であり,当事者が講師となった健康教室のようです。
チョコラテさんによる写真ACからの写真
 さて,心を許し話せる相手がいなくなった母とおばちゃん,80歳を超えた2人にとっては寂しいことだろうと思いました。
 この環境の変化が認知症の発症要因になりかねません。10日後に2回目のお見舞いに連れて行きました。2人は再会を喜び,ひとしきり日常の出来事を語り合っていました。
 先日,ほぼ2か月の入院生活を終え,さと子おばちゃんは無事に退院されました。おばちゃんが入院前とほぼ同じ姿で帰ってこられたことは,母にとって心の安定につながることだったように思います。おばちゃんが車を運転できるようになるのにはもう少し時間がかかるようです。母は,マイカー(電動カート)に乗っていそいそとおばちゃんに会いに行く日々です。

 *登場人物は仮名です。

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