2019年5月号掲載
限界集落に暮らす その8
宮城 恵里子 看護師 
今必要なものは?


 「あげなこと(あのようなこと)はよくあること?」と安子さんに聞かれたのは,花壇の苗植えをしていた時のこと。婦人部の季節ごとの花植えがまたやってきたのでした。この2週間ほど新聞やテレビで報じられていた,住宅型有料老人ホームで相次いで7人も亡くなった事件にまつわることでした(2018年末,当時)。

 この事件は,近隣の市で起こったことから余計に衝撃的でした。亡くなったのは80代から90代の高齢者で,死亡者を含め,複数に床擦れがあったことが判明し,「健全な施設ではあり得ない事態」だと県内外の専門職からの指摘が相次ぐとありました。
 そして,この事件が発覚する前に別の施設に転居した80代の女性には,「下半身の4か所に床擦れ」があったと写真入りで大きく報じられていました。「尻と両足のかかと,右足の人さし指で,入院して手術を受ける」というもので,一目では「かかと」だとは判別がつかないほどの状況でした。「右の尻と右足のかかとは,患部が長さ4cm,幅3cmで,かかとは骨に近い部分まで壊死が進んでいる」という文字で,かかとだとわかります。
 この女性は認知症で5年ほど寝たきりで意思表示が難しいとのことですが,転居先で家族に会った時に「痛い」と大声で叫んでいたとのこと,どれほどの痛みが続いたことでしょう。本当に胸が締め付けられる思いがしました。
 これほどのひどい褥瘡ですから,看護師は全く関与していなかったのだと想像していました。ところが,訪問看護が入っていたと言うのです。本当?! と耳を疑いたくなりました。同じ看護師として,どんなケアをしていたのかと腹立たしい気分と同時に,落ち込んでしまいました。日夜,褥瘡予防に取り組んでいる看護師であれば同じ気持ちではないでしょうか。

 と,そんな心持ちでいたなかに,安子さんからの問いかけでした。「あんなひどい床擦れができるのはよくあることか」と。先輩たちから「褥瘡は看護の恥」と教えられて育ち,看護師がケアをしていれば褥瘡は防げると自負している私は,即座に「いいえ,滅多にあることではないです。看護師が,ちゃんと仕事をしていれば」と答えていました。

 そこへ,貞子さんからおばあさんが入院していた時のことが語られました。もう長くはないと言われていたおばあさんが,好物だったお菓子を欲しがったので食べさせてはいけないと言われていたけど,カーテンをしてこっそり食べさせようとしていたところへ,突然カーテンが開いて,「何をしているんですか」と看護師に怒られたと言うのです。思わず「えっ,ひどい!」と口から出てしまいましたが,怒りや恥ずかしさやいろんな思いが入り混じり,次の言葉が出ませんでした。
 すると,助け舟のように,先日,施設で親御さんを亡くされた洋子さんが,「うちの親は,看護師さんが時間になると体の向きを変えにきてくれていた。最後まできれいな体だったよ」と言ってくれました。この言葉に安堵しました。「そうですか。本当によかったです」と,洋子さんに言いながら,関わった看護師たちに感謝したい気持ちになりました。

 看護を受けた患者家族の言葉を直接聞くことが多くなった日々。私が看護師を代表しているわけではありませんが,看護師から受けたケアに対して,周りの皆さんから発せられる一言一言に,一喜一憂する自分がいます。いい看護をしてもらったという言葉を聞く機会が増えるようにと願っているのは,看護師みんななのではと思います。

 ところで,先日のこと,県内で2か所目の特定行為研修実施機関が発表になり,「創傷管理関連」が加わっていました。
 既に遠い過去となりましたが,「床ずれは看護の怠慢」というセンセーショナルな見出しで褥瘡裁判の結果が報道されたのは1985年のことでした。病院側の褥瘡の予防および治療に過誤があったとされ,法的に看護は看護師が行なうものと判断が下されたのでした。それ以降,さまざまな褥瘡予防対策がとられてきたのは周知の事実ですが,30数年たっても,先のような褥瘡発生の実態を考える時,今,必要なものは何だろうかと考えさせられました。
 褥瘡ができて「痛い」と叫ぶ女性は,治療を受けながらまた「痛い」と叫ぶことでしょう。傍らにいたら,いたたまれない気持ちになっていたでしょう。予防できていればこのような事態にはならなかったはずです。
 褥瘡の治療よりも予防ができる人材を増やしていくことのほうが先決であり,お互いの幸福につながると思うのは,私ばかりではないのではないでしょうか。

引用・参考文献
1)「7人死亡」の裏側 鹿屋「風の舞」問題(上),南日本新聞,2018.12.2.
2)「7人死亡」の裏側 鹿屋「風の舞」問題(下),南日本新聞,2018.12.4.
 *登場人物は仮名です。

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