2019年6月号掲載
NURSES' EYE その6
樋口 佳耶 看護師 
よいケアをするためには


 看護師としての経験がちょうど3年くらいになった頃,ある急性期の病院でアルバイトをしていたときの話です。
 一般病棟に配属されていましたが,患者さんを受け持つのではなく,保清のためのケアをすることが私の役割でした。出勤したらまず,「保清表」を確認します。そこには,「○○さん 全身清拭」「△△さん 陰部洗浄のみ」といったように,その日の保清の予定が書かれています。保清表を確認した後,受け持ちの看護師や患者さんと相談しながら,朝から夕方までの勤務時間の中で順番にケアをしていきます。
 この病棟で働きだして数か月たったある日,「今までの看護師経験の中で,一番ケアができている」という実感を抱いたことがありました。

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 病棟での一日を振り返ってみます。「お通じが出ている」と夜勤の看護師から申し送りがあったAさん。陰部洗浄をしていると手の汚れが気になったので,そのまま手浴も行ないました。次に,清拭をするため,Bさんのお部屋に向かいます。Bさんは何日もお通じがなく,排ガスも少ない状態で,「おなかが張って苦しい」と繰り返されていました。下剤などを使っても十分な効果が得られないようです。おなかに手を当てて少しマッサージしてみると,「そうしてくれたら出そうな気がする!」と言われました。そこで,清拭用に持ってきたホットタオルを何枚か重ねておなかにのせ,温めながらマッサージをしていると,「温かくて気持ちいいなぁ」と目をつぶってウトウトされ始めました。数分後にガスが出て,少しだけお通じもありました。最後に新しいオムツをつけると,排泄前よりもおなか周りに,ずいぶん余裕がありました。「おなかへっこんだな。スッキリしたよ」と,Bさんは嬉しそうにおなかをさすっておられました。

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 さて,私はどうして「ケアができている」と感じるようになったのでしょうか。提供した看護に対して患者さんから肯定的なフィーバックが得られたことや,単純に看護師としての経験年数が長くなったからという要因もありますが,次の3点が大きく影響していると思っています。それは,①患者さんに必要だと思ったケアをその時に実施できること,さらに,②その判断を任せてもらえていること,そして,③業務量が適切であることです。この3点があるからこそ,私は「ケアができている」感覚があったのです。

 看護師1人で10人弱の患者さんを受け持ち,おまけに緊急入院を引き受けないといけない。ナースコールが鳴りやまない。そんな状況では,患者さんに必要だと思ったケアをタイムリーに実施することはとてもできません(可能なのかもしれませんが,少なくとも私はできませんでした)。

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 患者さんのご家族から,「あなたが一番優しくて,よくしてもらった」と声をかけていただいたことがあります。以前の私なら素直に喜んだと思います。でも,私がその患者さんに「優しい,よいケア」が提供できていたとしたら,それは①ができるように②と③の条件を整えてもらっていたからなのです。

 ベッドサイドに行くたび,「患者さんの寝衣の汚れ,気にならない?」「こんなにヒゲが伸びてるのに,剃ろうと思わない?」などと言いたくなることもありました。ですが,「緊急入院がくるから,早くバイタル回ってきて!」「午前中のうちに保清してね。レントゲン呼ばれるから!」と追い立てられるような環境では,私も見過ごしてしまうかもしれません。
 「私自身のスキルがそう上がったとは思えないのに,日々の手ごたえが違うのはなぜだろう」と考えてみたところ,こんな結論に行きつきました。個々の看護師の思いやり,気遣い,倫理観……だけでは,いいケアは実施できません。いいケアをするためには,いいケアができる環境が不可欠なのです。

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