2018年3月号掲載
物見遊山のフラヌール または聴かずに死ねるかクラシック その01
中木 高夫 看護ウォッチャー
ハイデルベルク①

 ある日,編集部に届いたメールに添付された原稿は,学問の都・ハイデルベルクから芸術の都・パリに向かう遊歩者(フラヌール)・Dr.NAKAKIからの便り。クラシック音楽の誘いとともに連載の始まりです。


10月11日
 義弟の車で関西国際空港へ。夏休みに帰国していた娘と孫と一緒に,彼女たちの住むドイツのハイデルベルクに3か月の滞在予定。
 いままでにも何回も行ったことがあるけれど,ムコ殿に「おとうさんはいつも家にいるけど,何をしているの?」と不思議に思われるくらい,娘宅を一歩も出ずにひたすら課題(たいていは翻訳)に取り組んできました。
 今回は違うぞ! という覚悟で思いっきり遊び回る予定です。仕事が契約切れになって,一介の素浪人になったのだから。
 アシアナ航空(韓国)を利用。ぼくだけビジネスクラス。楽チンです。インチョン(仁川国際空港)経由でフランクフルトへ。11日の朝9時過ぎに関空を飛び立って,フランクフルトには夕方5時前に到着。8時間で着いたのか? いや,このときは夏時間で時差は7時間。乗り換え時間を入れて15時間の飛行ということになるのかな。
 ムコ殿が迎えに来てくれていて,荷物満載でハイデルベルクへ。

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 ここでハイデルベルクの紹介。
 ハイデルベルク(Heidelberg)は,ドイツ連邦共和国の南西部に位置するバーデン=ヴュルテンベルク州のなかで北西部に位置する都市。ネッカー川の河畔にあってライン川の合流点の近くにある古都。名所は,旧市街を見下ろす高台にあるプファルツ選帝侯の城跡とドイツで最も古い大学ループレヒト=カールス大学(通称ハイデルベルク大学)。ハイデルベルク大学は聖霊教会を中心に構築され,カトリックかプロテスタントが支配することによって教授陣も大きく変わりました(このあたりは生松敬三『ハイデルベルク─ある大学都市の精神史』〔講談社学術文庫〕に詳しい)。旧市街は観光客と学生でごったがえしています。ドイツ観光というとたいていの人はここを訪れています。
写真1 聖霊教会のステンドグラス
 聖霊教会のステンドグラスはハイデルベルク大学の各学部を表すものに変えていくらしく,物理学部のものはアインシュタインの公式 “E=mc2” が描かれ,1945年8月6日という広島への原爆投下の日付が刻まれています (写真1)。はじめて見たときは,遠い異郷の地で広島原爆投下(なぜか長崎はないが)を想う人たちがいるのだなあ(ジーン)と感激しました。
 旧市街にはハイデルベルク大学のさまざまな校舎が散在し,昔の遺跡のような場所もありますが,それらはいまも有効に活用されています。市街を歩いていると,「ここにヘーゲルが住んだ」「ここにヤスパースが住んだ」という小さな札が壁に貼られています。そこが学生アパートだったり,孫の保育園だったりするのですから,なんだかあやかれそうでうれしくなってきます。
 ハイデルベルクについては日本からの旅行者がブログにいろいろと書いているのでのぞいてみてください。

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 前回,といって何年前か。音楽シーズンが始まる9月下旬に,ハイデルベルク劇場のオーケストラのコンサートに行ったことがあります。劇場も新しくなったので,今回はオペラも見ようと劇場を検索しました(heidelberg theater,これを書いているのが12月5日なのでその日の画面になっていますが…… (写真2))。こんな田舎町でもオペラや演劇などが目白押しなのですね。演劇はドイツ語がわからないので手が出ません。でも,小さいときから街の劇場に行くようです。クリスマスシーズンなのでモーツアルトの「魔笛」やフンパーディンクの「ヘンゼルとグレーテル」があります。今年の新演目としてモーツアルトの「ドン・ジョバンニ」があります。コンサートのところを見ると滞在予定の期間に3つあります。全部行くことにしました。
写真2 ハイデルベルク劇場のホームページ
 キップを購入するのは簡単です。キップ印をポチし,値段を見ながら好きな座席をポチし,あとはカード支払い,自宅プリントでOK。今日,12月5日の「魔笛」はほぼ満席。高い値段の席で,孤立した1人席が2席だけ未購入です (写真3)
 あとは近在のマンハイム(ムコ殿の事務所がある),バーデンバーデン(一度観光に行ったことがある。ベルリンフィルのイースターフェスティバルの会場を移した高級保養地),カールスルーエあたりを探索することにしましょう。
写真3 12月5日「魔笛」のページ

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