2018年10月号掲載
物見遊山のフラヌール または聴かずに死ねるかクラシック その08
中木 高夫 看護ウォッチャー
バーデンバーデン②

 どこへでも行ける切符を手に入れる術はインターネットとともに。Dr.NAKAKI,パリへの遊歩までもう1歩。まるで冒険小説のような「レオノーレ」の物語に心高鳴る。さて,時計の針を巻き戻し,前回の前日譚のはじまりです。


11月3日(金)
 バーデンバーデン・フェストシュピールハウス(バーデンバーデン祝祭劇場)でベートーヴェンの唯一のオペラの初稿「レオノーレ」が上演されます。原作の名前は「レオノールあるいは夫婦の愛」。「レオノール,すなわち夫婦の愛」のほうが正しいかも。
 ベートーヴェンの唯一のオペラと書くと「それって《フィデリオ》じゃないの?」とチャチャが入るのでは。たしかに「フィデリオ」なんですが,ベートーヴェンは作曲過程で第3稿まで手を入れているので最初の2つを「レオノーレ」,最後のを「フィデリオ」と呼びならわしているようです。

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 今日の開演は午後7時からなので,午後5時頃に到着できるようにDB(ドイツ連邦鉄道)のホームページで往復分の鈍行チケットを購入。ついでにバスのチケットも。これを覚えたからどこにでも行ける自信がついたので,パリにも行く決心をしました(微笑)。
 ホテルに着いてすぐに食料品スーパーに行って寝酒の準備。6時半にはアジアンレストランで鴨のディープフライ付き「Yakisoba」。ドイツではなぜか鶏の唐揚げがない! 7時過ぎにコートを部屋に置いて,軽装で祝祭劇場へ。クロークでお金をとられるのはもったいないから。

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 ホールに入ると舞台上にはオーケストラ席が。アリャリャ,コンサート形式の上演だったか。コンサート形式というのはオペラのような舞台装置を組んだ本格的舞台ではなく,普通の演奏会のようにコンサートホールでオペラの曲を演奏する形式のことです。チケット代が22~150ユーロだから,この劇場のオペラにしては安いと思ったのですが,これで納得。妙な演出のオペラよりこのほうが音楽に集中できます。
 オケはフライブルク・バロックオーケストラ。古楽オーケストラです。古楽オーケストラというのは古楽器を用いるオーケストラのことで,いま一般に使用されている楽器は改良に改良を重ねて,美しくて大きく,正しい音程の音が出やすくなっています。たとえばヴァイオリン。
 ネックの部分を長くし,ナイロン弦を張り,長い弓を使用するようになっています。ほかの楽器も同じです。それらを使用して作曲家が生きていた時代の音を再現しようとするものです。指揮のルネ・ヤーコプス(写真2)は,若いとき,カウンターテノール(スタジオジブリの映画「もののけ姫」の主題歌のような声)でならした人です。ユッサユッサとクジラのような身体を揺すらせて登場しました。あかんでこれでは。昔はほっそりしていたのに。

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 では,あらすじ。
 【第1幕】16世紀のスペイン。セヴィリャ郊外の監獄。この監獄の所長ドン・ピツァロが不正を暴こうとしたフロレスタンを無実の罪で捕えて地下牢へ。フロレスタンの妻レオノーレは男装してフィデリオと名乗り,看守ロッコのもとで働く。ロッコの娘マルツェリーネはフィデリオに恋心を。門番のヤキーノはそのマルツェリーネを。フィデリオは懸命に働いて,地下牢のフロレスタンに近づくチャンスをうかがう。あるとき,大臣ドン・フェルナンドが監獄の視察に来る。ドン・ピツァロは自分の悪事がバレないように,フロレスタンを殺害しようとする。
 【第2幕】墓掘りを命じられたロッコはフィデリオ(レオノーレ)と一緒に地下牢で穴を掘る。このときレオノーレはボロボロになっている囚人が夫のフロレスタンだと気づく。ドン・ピツァロが地下牢でフロレスタンを刺そうとしたときにレオノーレが割って入る。その瞬間! 大臣ドン・フェルナンドの到着を知らせるトランペットが鳴り響く。ドン・フェルナンドは行方不明だった盟友フロレスタンを見出してよろこび,ドン・ピツァロを逮捕する。最後に全員で夫婦愛を賛美する。

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 「レオノーレ序曲第2番」が演奏されオペラがはじまります。レオノーレことフィデリオという青年に恋心を抱くマルツェリーネが「Ich liebe dich」とベートーヴェンの歌曲を口ずさみながら登場。かわいい演出です。衣装はそれなりの娘姿。男装のレオノーレは柔らかなジーンズのつなぎを着た若者姿(写真1,右はロッコ)
写真1 コンサート形式の「レオノーレ」の舞台
 第1幕はフィデリオとマルツェリーネ,マルツェリーネとヤキーノ,そしてロッコを中心にオペラ・ブッファ(喜歌劇)風に物語が運ばれていきます。ベートーヴェンは声楽曲をつくるとき,歌いやすさなどおかまいなくつくるので,器楽的といわれるのですが,このオペラでもカノン(輪唱)の重唱曲があって印象的です。レオノーレのアリアは技巧的な難曲です。レオノーレを歌うマーリス・ペーターゼン(Marlis Petersen)の素晴らしいこと! 拍手が鳴りやみません。有名な囚人の男声合唱はかなり少人数です。チューリッヒ・ジングアカデミーという団体。でも暗闇の地下牢から出てくる囚人たちの合唱は何度聞いても感動的!
 第2幕はフロレスタンのレシタティーヴォとアリアからはじまります。とても難曲です。これを聞き比べしたブログがありますが,高いラの音で歌い続けるところがあって,その歌詞を自分のものにしていないと内容ないむなしい歌になってしまうと書いてあります。フロレスタンを歌うマクシミリアン・シュミットはよかったのではないでしょうか(写真2の白い服)
写真2 指揮者ルネ・ヤーコプスと主役の2 人
 この劇場の字幕はドイツ語と英語の併用です。なんとか意味がとれます。レオノーレが夫フロレスタンを助けようとするところや最後にソリストたちと合唱が夫婦,とくにレオノーレの愛情を讃えるところでは思わず涙が出てきました。オケは箱(劇場)が大きすぎてかわいそうでした。
 それにしてもマーリス・ペーターゼン(写真3)は発見です! オラトリオなどの宗教音楽のソリストとしてのCDを持っていたようですが,ベルクの「ルル」のような現代音楽から,古楽まで幅広いレパートリーの実力派ソプラノです。
写真3 マーリス・ペーターゼン

おすすめのYouTube

 YouTube はぼくが観たプロダクションの録音が見つかります。「leonore petersen」で検索してください。女性像の絵画が見られるLudwig van Beethoven“Leonore”(Marlis Petersen & Rene Jacobs. Freiburger Barockorchester)がそうです。  画像もという方には「レオノーレ」の画像は見つからなかったので「フィデリオ」でがまんしてください。「fidelio」で検索して,たぶん最初はベーム指揮の映画版,2つ目のルチア・ポップの写真が大写しなのはバーンスタイン指揮の劇場版が見つかるはずです。どちらも超名演です。
※紹介したYouTubeが削除されていることがあります。

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