2018年12月号掲載
物見遊山のフラヌール または聴かずに死ねるかクラシック その10
中木 高夫 看護ウォッチャー 
バーデンバーデン③

フラヌールといえばボヘミアン。ルイ・アラゴンの小説かと見紛う「ラ・ボエーム」は,どこか市川森一作のドラマ「黄色い涙」にも似て。また,パリの日々にもう一歩。


11月12日(日)
 今日はバーデンバーデン・フェストシュピールハウス(バーデンバーデン祝祭劇場)で,ぼくの大好きなオペラ,プッチーニの「ラ・ボエーム」です。イタリアンのチェーン店ではないですぞ。
 DBのチケットと祝祭劇場のチケット交換券を鞄に入れて,準備OK。今日は夕方5時開演なので,ゆとりをもって2時到着を目指して。
 無事チェックインも済ませて,寝酒を買いに食料品スーパーに行ったらお休み。あぁ! 今日は日曜日だった! 日曜日はほとんどのお店がお休みです。もちろん,いつものアジアンレストランもお休みです。まあ,一食くらいは食べなくても平気ですが……。

* * *

 あらすじです。
 登場人物は詩人のロドルフォとお針子のミミ,画家のマルチェッロとその恋人のムゼッタ,音楽家のショナール,哲学者のコルリーネが主だったところです。女性はミミとムゼッタ。男性4人は貧乏書生といったところです。
 【第1幕】1830年ごろのパリ。アパートの屋根裏部屋にボヘミアン(社会のきまりに縛られず自由に生きる人たちのこと)の貧乏芸術家たちが共同生活。クリスマスイヴです。ショナールが稼いできたお金で街に繰り出すことになるが,ロドルフォは原稿を仕上げてから行くことにする。お針子の仕事を終えて帰ってきたミミが,ロウソクの火を借りにやって来る(ここで歌われるロドルフォの「なんと冷たい手」とミミの「わたしの名はミミ」は聴きどころ)。ミミは鍵を落とし,風でロウソクも消え,あたりは暗闇に。手探りの2人の手がふれ,恋に落ちる。
 【第2幕】ロドルフォはクリスマスイヴで賑わうパリの街角のカフェで仲間にミミを紹介する。そこにマルチェッロの元恋人ムゼッタが……。ムゼッタがパトロンにマルチェッロを挑発するようなことを言う(ここのムゼッタのワルツとその後の歌手たちのアンサンブルが聴きどころ)。ムゼッタとマルチェッロは仲直りをする。4人のボヘミアンと2人の娘はパトロンだった男に勘定を押しつけて帰宅する。
 【第3幕】年が明けた2月。ミミがマルチェッロとムゼッタが働く酒場に。ロドルフォが冷たいことを相談。そこにロドルフォが。ミミは物陰に。「ミミを愛している。しかし彼女は結核なので貧乏な自分は面倒を十分にみることができない。別れたほうがいいだろう」とロドルフォが言うのを聞いてしまう。ミミがいることに気づいてロドルフォは駆け寄り,愛を確かめる(ここの二重唱の美しいこと!)。おたがいのために別れる決心。マルチェッロも浮気っぽいムゼッタと口論して別れる。
 【第4幕】数か月後の屋根裏部屋。ボヘミアンたちは相変わらずの暮らしぶり。すると,ムゼッタがあわててやって来て「ミミが玄関まで来ている」と。ミミは,病気が悪化してしまいもう長くないと思って,ムゼッタに頼んでここまでやってきたのだ。ミミのために何かしてやりたくても部屋には何もない。ムゼッタは,自分の耳飾りを売ってくるようにマルチェルロに渡し,ミミの手を温めるためのマフを取りに出かける。コルリーネはクリスマスイヴの晩に買った外套を売ると決意(「さらば古い外套よ」には泣かされる)。何も売るものがないショナールは2人きりにするためにそっと部屋を出ていく。ミミとロドルフォはそっと抱き合い,いままでのことを静かに語り合う(そのときのアリア旋律が小さな声で歌われ胸をうつ)。やがて仲間たちが次々に帰ってくる。しかし仲間たちの心遣いもむなしく,和音とともにミミは静かに息を引き取る。先に気づいたショナールやマルチェルロの様子から,ロドルフォはミミの死をさとり,ミミの名を絶叫する。

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 チケット代は39~260ユーロ。かなり高額なので3番目の195ユーロから席を選びました。前から10列目の右から5席目。6席目からは1ランク高くなります。なかなかいい席でした。バーデンバーデン祝祭劇場のオーケストラピットははじめて見ましたが,客席との区切りが素通しの柵でした。これだとオケの音がダイレクトに客席に向かいますね。大きなホールだけに大丈夫かな。

写真1 今日の指揮者 テオドール・クルレンツィス
 今日の指揮者は,いま売り出し中のギリシャ出身テオドール・クルレンツィス(Teodor Currentzis),45歳 (写真1)。オケは手兵ムジカエテルナ(MusicAeterna)。歌手はあまり知りません。

 第1幕はこのオペラでよく見る屋根裏部屋です(写真2)。舞台の上に横長の白い箱型の部屋があり,その両側は大きな柱です(写真2では部屋の様子しかわかりませんね)。ボヘミアンたちの部屋をうかがっていたミミは,みんなが出て行ったあと,廊下でロウソクの火を吹き消してから,ロドルフォに火を貸してくれと言います(写真3)。なかなかしたたかなミミという設定ですね。「なんと冷たい手」とそれに続く「わたしの名はミミ」のアリア開幕間なしなので歌手には厳しいでしょう。2 人ともまだ十分にエンジンがかかっていないようです。ロドルフォとミミがクリスマスイヴの街中に出かけた1幕目の終わりには屋根裏部屋の四角いセットが静かに舞台上方につり上げられていきます。
写真2 屋根裏部屋に集うボヘミアンたち

写真3 第1幕のロドルフォとミミ
 その下にはカフェの椅子と机が倒して置いてあります。ウエイターやウエイトレスたちが引き起こして第2幕のはじまり。オカマまで出てくる喧噪です(写真4)。その昔,カルロス・クライバー指揮,ミラノ・スカラ座の引っ越し公演のときは,フランコ・ゼッフィレッリの美術・衣装で,街中の喧噪が2 段舞台によって表現されていました。幕が上がっただけで大拍手です。それと比べるのは可哀想ですが,経費節約のためには仕方がありません。
 ムゼッタのワルツはよかったのですが,その後のアンサンブルのフォルテッシモがいまいち。ホールが大きすぎるのかもしれませんが,大阪フェスティバルホールであったスカラ座公演のときは音圧に思わずのけぞりました。ここで休憩。
写真4 クリスマスイヴのカフェの場
 第3幕はだだっ広い舞台に木箱が散在。酒場の外という設定なのでしょう。ここはミミとロドルフォ,ムゼッタとマルチェッロの2組が好対照です。ミミとロドルフォはおたがいをおもんばかって美しい歌を,ムゼッタとマルチェッロは罵り合ったり取っ組み合ったり。
 第4幕は最初のうちは屋根裏部屋。ムゼッタが「ミミが玄関まで来ている」と言うところから戸外が舞台です。ミミは寒いパリの路地裏で死んでいくのです。英語の字幕を読んで,歌を聴いていると,涙が出てきます。左隣りの紳士も右隣りのオバアサンも涙を拭いています。これだなあ「ラ・ボエーム」は!「さらば古い外套よ」はコルリーネのただ1つのアリア。大拍手!
 みんなが出て行ったあと,ミミが小さな声ではじめて会ったときのことを思い浮かべて歌います。「みんなはわたしをミミと呼びます。なぜかは知らないけど」ではそのときのメロディで,ロドルフォの「なんて冷たい手だ! このまま温めさせてください」も,そのときのままのメロディで。この歌劇はほんとによくできている! 最後のロドルフォの「ミミ」で終演(写真5)
写真5 ミミの死

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 クルレンツィスは抑え気味に指揮していたと思います。ホールが大きいので音量では圧倒しにくいと考えたのでしょう。弱音で聴衆をグッと引きつけたのでしょう。ブラヴォです。
 満足してホテルに戻ったら,前の人がビールをもらっている。「これはいい!」ぼくにもくださいと言うと,最高に笑顔のいい受付嬢が「どうぞ!」と。これで今夜は熟睡。

おすすめのYouTube

 YouTubeは「pucchini la boheme」と入力すると,よりどりみどりです。カラヤンのは上演版ではなく映画用に撮影したものです。ぼくが観たクライバー+スカラ座の映像がアップされています。これを観ないで死ねるかです ( 「Carlos Kleiber:La Boheme(Puccini)-LaScala 1979(Complete)」)。いまの人がよければ「Giacomo Puccini-La Boheme-Beczala/Netrebko-Salzburg Festival2012」。でも,どれもいいですよ。ぼくが偏愛しているCDはビーチャム盤ですが。
※紹介したYouTubeが削除されていることがあります。

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