2019年5月号掲載
物見遊山のフラヌール または聴かずに死ねるかクラシック その15
中木 高夫 看護ウォッチャー 
パリ④

4線のネウマ譜にグレゴリオ聖歌。日曜日のパリ。フラヌール・Dr.NAKAKIはトラベラーよろしく,家路を急ぐのではなく,次の場所へとゆっくり移動される。今日の演目もなにやら興味津々。


11月26日(日)
 パリ5日目。ノートルダム大聖堂に行ってきました。『地球の歩き方』では,パリの日曜日は,ほとんどのお店は閉まっているので,美術館かマルシェへと書いてあります。もっとも,マクロン大統領になってからデパートは開けているとか。でも,日曜日はミサへ。
 この教会のホームページに10時からラテン語ミサとあったので,それを目指してです。9時半頃に着いたのでラウダシオン(賛美)が先にありました。フランス語だから何もわかりません。
 10時からラテン語ミサです。楽譜が配られて,なんとネウマ譜(写真1)です。キリエははじめての曲ですが,先唱と楽譜があるので歌えました。
写真1 ノートルダム大聖堂のミサで配られた楽譜
 グロリアはよく知っているうえに楽譜があるので,太字のところだけ交唱で歌いました。
 昇階唱は独唱でグレゴリアンです。普通ではなく,ちょっと装飾されているようです。聖書朗読はもちろんフランス語。「王たるキリスト」の日ですから,まあそれにちなんでいるのでしょうが,お説教まではフランス語。わからん!
 クレドは歌詞だけ書いてあって,楽譜はなかったので,高校生の頃の記憶を呼び覚まして歌いました。かなり怪しいです。でも,「et homo factus est 人となり給えり」のところでひざまずく人たちを見て,昔を思い出し,ここでキリストが生まれ人となったと啓示を受け,洗礼を受けたことを思い出しました。
 サンクトゥスとアニュスデイは先唱に合わせて,楽譜と首っ引きで歌いました。
 聖体拝領も久しぶりにしました。
 グレゴリオ聖歌は日本では廃れてしまって,おそらくぼくの年齢でも歌える人は少ないと思います。でも,パリで世界中の参列者がこころをひとつにできるのは,第2バチカン公会議でもミサの第1の言葉であると宣言されたラテン語聖歌だと思います。日本語だと「たがいに挨拶をかわしましょう」と司祭が述べて,「主の平和」とまわりの人に挨拶をします。パリでは周囲の人たちと握手をしました。こういうところは,信仰において世界はひとつだと実感しました。
 教会を出てからはセーヌ川の右岸(日当たりがよかった)の川沿いの道をぶらぶらと散歩しました。ポカポカ陽気で気持ちがいいこと。たくさんの人が散歩やらジョギングをしていました。子どももたくさん遊んでいました。遊具のあるところはアスファルトや敷石ではなく,なんだか柔らかな素材の路面でした。
 で,午後のオペラまでホテルで休憩。朝ごはんをたくさん食べたのでおなかがすきません。
 14時半の開幕を目指してバスティーユへ。地下鉄1号線で20分はかかりません。
 地下からあがったら,そこはオペラ座。といっても,ガルニエのような格調高い建物ではなく,コンクリート製の下品な感じ。中もなんの飾りもなし。

* * *

 さてさて,演目はヤナーチェクの「死者の家から」。女性歌手は一声だけ。あとはすべて男性歌手。主役なし。きれいなアリアなし。なにしろ監獄の話ですから。
【第1幕】シベリアのインティシ河畔の監獄。監獄の朝がはじまり囚人たちが中庭に出てくる。囚人同士がいがみ合っているなか,看守が新しい囚人のゴリンチャコフを連れてくる。監獄所長は政治犯ゴリンチャコフの態度に腹を立て,私有品の没収と鞭打ち刑を言い渡す(写真2)。鞭打ちを耐えるうめき声。
写真2 第1幕(座らされているのがゴリンチャコフ,左が所長)
 囚人たちが翼の折れた鷲を捕らえてくる。囚人たちはこの鷲を「森の皇帝」と名づけ,自由への想いを託す。囚人たちは労働使役に。残った囚人は裁縫作業。頭の弱いスクラトフはルカにわけのわからないことを話すがルカは相手にしない。スクラトフはモスクワにいたころの話をして踊り出し,くたびれて寝てしまう。
 ルカも自分の話をする。軍隊にいたとき,ささいなことで獄舎に入れられ,書記官に不当な扱いを受けた。ルカは反乱を計画してナイフを手に入れ,所長の少佐を刺殺。この監獄に送られてきたと。
 鞭打ちを受けたゴリンチャコフが看守に連れられてくる。衰弱して倒れこむ。
【第2幕】1年後のイルティシュ河畔の草原。ゴリンチャコフは少年囚アリエイヤを可愛がり,彼に読み書きを教える。
写真3 第2幕(劇中劇)
 復活祭の今日だけは囚人たちも作業を休める。囚人たちは食卓に。そこでスクラトフは自分が投獄されたいきさつを告白。スクラトフは以前ルイザというドイツ女と付き合っていた。ルイザは身持ちの堅い誠実な女性だったが,ある日突然,彼に会いにこなくなった。彼が手紙を書くと,ルイザはようやく会いに来て金持ちの親戚と結婚するという事情を打ち明けた。スクラトフが,どんな相手か見に行くと醜い初老の男だった。スクラトフは婚礼の席に乗り込み男を射殺。
 囚人による手作りの演芸会が開かれる。男ばかりの劇中劇。「ケドリルとドン・ファン」は「ドン・ジョヴァンニ」であった地獄落ちの翻案劇(写真3)。次はパントマイムの「美しい粉屋の女房」。
 演芸会の後,売春婦が忍び込んでくる。囚人が騒ぎ,衛兵が出てくる。
【第3幕】監獄病院の病室。ゴリンチャコフが熱にうかされたアリエイヤを看病。スクラトフやルカ,チェクノフが同じ病室にいる。ルカはチェクノフといがみ合いながらも激しく咳き込む。同室のシャプキンは耳が人より突き出ているばかりに貧乏くじを引いたという奇妙な身の上話をする。シャプキンは,かつて浮浪者だったときに仲間とともに押し込み強盗を働き逮捕される。黙秘をしているにもかかわらず裁判官が耳の突き出た書記官に金を持ち逃げされたことがあったために,彼だけが目をつけられ,無理やり供述調書を取られてここに連れられたのだという。次にシシコフが告白する。彼の村に富裕な地主の娘アクリイナがいて,フィルカという悪党が付き合っていて,金持ちの父親に持参金をよこさないと兵隊に行くぞと脅した。父親が拒絶すると,フィルカはアクリイナと寝たと言いふらした。おかげでアクリイナは汚れた娘だと思われ,父親からひどくぶたれていた。シシコフは思い切ってアクリイナを嫁に迎えたが,初夜を迎えてみると実は処女だった。シシコフはアクリイナの前にひざまづいて,誤解していたことを詫びた。翌日,シシコフがフィルカの元へ仕返しに行くと,逆にフィルカから「おまえは酔っ払っていて処女かどうかもわからないのだろう」と馬鹿にされる。腹を立てたシシコフは帰って彼女を打ちのめす。フィルカは徴兵の日,アクリイナの元に出向き,彼女に3年間愛しつづけていたことを告白。彼女も彼の仕打ちを許す。アクリイナはシシコフに「フィルカを誰よりも愛していた」と告白。シシコフは翌朝,彼女を森に連れて行って殺した。
写真4 第3幕(印象的な鷲)
 シシコフの告白が終わると,苦しそうにうめいていたルカが息を引き取る。衛兵がやってきてルカの死体を運ぼうとしたとき,シシコフはルカこそがフィルカだったことを知り驚く。
 ゴリンチャコフの釈放が決まる。所長は酒に酔いながらゴリンチャコフにこれまでの仕打ちを詫びる。ゴリンチャコフはアリエイヤに別れを告げる。ゴリンチャコフが出所するとき,囚人たちは翼の癒えた鷲を離して自由への憧れを合唱する(写真4)

* * *

 原作はドストエフスキー「死の家の記録」なので,なんとも陰鬱な物語の連続です。それぞれの物語の語り手が歌うという形なので主人公のいない群衆オペラ。いちばん目立つのがゴリンチャコフとルカ,そして鷲。結論としてどうだったかというと,面白かった。チェコ語上演でフランス語と英語の字幕があったので,なんとか何を歌っているのかわかりました。
写真5 カーテンコール(中央の黒服はエサ=ペッカ・サロネン)
 演出はパトリス・シェロー。1976年にピエール・ブーレーズと組んで大騒動を巻き起こし,79年にオペラ・ガルニエでベルクの「ルル」で大成功。3度目がこの「死者の家から」。2013年に68歳で亡くなっています。この上演は彼にトリビュートされています。ガルニエでも「ルル」の衣装が展示されていました。うまいなと思うのは,舞台上縁の字幕以外に,歌っている人のすぐ上の壁にフランス語の字幕が出ていることです。これはずるいわ(^0^)。こっちは上を見たり,下を見たり大変なんだから。
 でも,面白かったです。パリの観衆(英語やドイツ語の会話が聞かれた!)も大ブラヴォーでした(写真5)
 音楽はヤナーチェク独特のものだし(なぜか村上春樹の『1Q84』で有名に),最後はめでたしめでたしの男声合唱が盛り上がるし! 鷲が印象的でした。
 さて,これからシャンゼリゼ通りの夜景を見に行きます。地下鉄で17分です。

おすすめのYouTube

 「from the house of the dead janacek」で検索すると2016年のプラハでの上演があります。「Leoš Janáček:Z mrtvého domu( From the House of the Dead)」です。
 パトリス・シェローとピエール・ブーレーズのプロダクションは「from the house of the dead janacek boulez」で検索すると「Janacek From House of Death – Boulez. Amsterdam,2007」というファイルリストがあります。切れ切れですが,ぼくが観た舞台が展開されます。
※紹介したYouTubeが削除されていることがあります。

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