2019年12月号掲載
物見遊山のフラヌール または聴かずに死ねるかクラシック その22
中木 高夫 看護ウォッチャー 
パリ以降③

ドイツの夏の離宮に桜の名所。バロックオペラの解説とともに,知らなかったことを知るたのしみにまさるものはありません。オペラと同時代の歴史に思いを馳せながら,今月のフラヌール,はじまります。


12月16日(土)
写真1 ①庭園が整備されたシュヴェツィンゲン城
(この庭園はほんの一部,見取り図を参照)
 今日はムコ殿の誕生日。ただし,オペラのチケットを買っていたので,お祝い会には不参加。シュヴェツィンゲンのお城のロココテアターで上演されるニコラ・アントニオ・ポルポラの『ミトリダーテ』を観に行きます。
写真1 ②シュベツィンゲン城の見取り図
写真2 シュヴェツィンゲン城は桜の名所?
 シュヴェツィンゲン城は,ハイデルベルクの南西約10キロに位置するプファルツ選帝侯カール・テオドールが建てた夏の離宮(写真1)。庭が整備されていて,日本庭園の桜は毎年見事な花を咲かせるので「日本で花見をする必要がない」と娘は言いきっています(写真2)。新作オペラとバロック・古典派時代の埋もれたオペラの復活上演が行なわれるシュヴェツィンゲン音楽祭で国際的にも有名です。会場は宮殿内のロココテアターです(写真3)。写真では広く見えますが平土間で150 人ぐらい,バルコニーを入れても200人くらいしか入らない小さな劇場です。フランス革命以前,オペラは市民階級には無縁の王侯貴族相手だったので,古典派以前のオペラはこういう劇場で上演するのが本来的なんでしょうね。

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写真3 宮殿内のロココテアター
 さて『ミトリダーテ』というとモーツアルト14 歳のときの作品が有名ですが,同じ素材でいろいろな作曲家がオペラを創るのはよくあることです。さて,ポルポラって誰でしょう?
 ニコラ・アントニオ・ポルポラ(1686-1768)はイタリア後期バロック期のナポリ楽派のオペラ作曲家と声楽教師。作曲家としてはヨゼフ・ハイドンの師匠であり,声楽教師としては著名な歌手を育てあげました。ポルポラ没後250年を記念して「Winter in Schwetzingen」という催しで『ミトリダーテ』が上演されたのです。
 あらすじからいきましょう。
 配役は,ポントの王ミトリダーテ,その婚約者イスメーネ,ミトリダーテの長男ファルナチェ,次男シルファレ,シルファレの恋人セマンドラなど。
 【第1幕】ポントの王ミトリダーテが婚約したイスメーネに,長男ファルナチェは恋心を抱いている。友人アルカンテは,現在,ミトリダーテが彼のもうひとりの息子,次男シルファレの恋人のセマンドラを欲していると彼を慰める。ミトリダーテとイスメーネの結婚が寺院で行なわれるとき,雷光が走り,イスメーネが悪い予兆と判断された。ミトリダーテは以前に下された神託に疑問を持ち,イスメーネとミトリダーテが一緒に王座に加わらないと宣言する。結婚はとりやめとなる。
 セマンドラとシルファレはミトリダーテの前に来て,たがいの愛を告白する。セマンドラの美しさと美徳に再び魅了されたミトリダーテは,シルファレにいますぐセマンドラに渡すように要求する。シルファレが拒絶すると,王は息子を突きはなす。
写真4 主役の3人(第1幕)
 【第2幕】ミトリダーテは,王座が手に入ることをエサに彼へのセマンドラの愛を望んだが,セマンドラは揺るがない。ミトリダーテは,ローマとの戦いに勝ってセマンドラを取り戻すように,息子をそそのかす。セマンドラはシルファレのそばにいなければ,笏と王冠には価値がないと繰り返す。ファルナチェは,踏みつけにされたイスメーネの復讐計画を王に説得したいが,憤然と拒否される。
 1人で放置されたセマンドラはシルファレを失ったと嘆く。彼女は眠りに落ち,そこにミトリダーテが来る。彼女の美しさに恍惚とし,彼女に抱きつく。ローマ軍を打ち倒したシルファレは,セマンドラがミトリダーテのそばで眠っているのを見て引き返す。シルファレは,セマンドラが自分を愛さなくなることを恐れている。セマンドラは目を覚まし──ミトリダーテにそそのかされ──シルファレの声の響きに恋している。しかし,シルファレは戦いから離れていく者に偽善を訴えた。
写真5 シルファレが戦いから帰って来たのにセマンドラは寝ている(第2幕)
 【第3幕】ファルナチェは父親を倒して権力をつかみたがっている。そのために助手アルカンテに人々を扇動させた。一方,セマンドラはシルファレの本心をアルケラオに明かされた。セマンドラとシルファレは和解する。
 イスメーネはファルナチェが裏切ってローマ人と密約したことをミトリダーテに伝える。アルケラオは戦う準備をする。シルファレは行方不明のまま。ミトリダーテは,シルファレもまた反政府勢力に加わったと主張する。悲しみからセマンドラは自殺しようとする。陰険なアルカンテは彼女に毒の入った杯を渡し,ミトリダーテが死を命じたと述べる。アルケラオは,シルファレがローマ人との戦いで勝利し,新しい王になることを発表する。セマンドラは宮殿に急ぎ,シルファレと瀕死の状態のミトリダーテと出会う。ミトリダーテは,最期の息のなか,シルファレにローマ軍を壊滅し,ファルナチェをその運命から引き戻すように命ずる。

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 バロックオペラは,音だけをCDなどで聴くと,かなり退屈です。よくわからないイタリア語で(日本語でも聴きとれないでしょうが),同じ台詞を何度も繰り返し,高音から低音までを「ハハハハ,ハハハハ」と上がったり下がったりですから,どこを聴いても金太郎飴(若い人はしっているのかなあ)のような感じになりがちです。
 ところが,芝居が入ると台詞字幕がよくわからなくても,芝居だけでなんとかわかります。このオペラは,戦争に行ったり,戦争から帰って来たりするときは米軍の制服風なので,「ああ,戦争やなあ」とわかります。まあ,これなら解説になっているからいいかも。あらすじはネットにアップされていないので,いつもは買わないプログラムを買って,そこに載っているあらすじをGoogle翻訳や辞書を頼りにつくったものですが,だいたいのところは観ていたときと同じです。
 オケはハイデルベルクのテアターのメンバーです。楽器はいつも使っているもので,古楽器オーケストラではありません。演奏法などは古楽奏法を応用していると思います。ホルンだけはバルブなしの古楽器でした。好演でした。
 主役の3人,ミトリダーテとセマンドラとシルファレは素晴らしかったです。ミトリダーテを歌ったのはディヴィッド DQ リー(David DQ Lee)はメゾソプラノ声域のカウンターテナー。バリトンのような低声からソプラノのような高声まで自在にコロコロころがします。
 シルファレはレイ チェネズ(Ray Chenez,もしかしたらダブルキャストのAntonio Giovanniniかも)はソプラノ声域のカウンターテナー。カウンターテナーというのは,裏声を使って女性の声域を歌う男性歌手のことです。ソプラノ声域の歌手をソプラニスタということもあります。少し刺激的なソプラノだなあと最初は思っていたのですが,ワイシャツ姿になったらオッパイがない! それでソプラニスタだとわかりました。力強い声で,うまくころがしていました。
 セマンドラは可憐なソプラノ歌手ヤスミン エズカン(Yasmim Ozkan)。写真を見て,どの歌手がどの役かすぐにわかるでしょう。この歌手はハイデルベルクのテアターの専属歌手。でも,だんだんと大きな劇場に進出していくようです。
 セマンドラとシルファレの二重唱が2回あったのですが,まるでリヒャルト・シュトラウスの『ばらの騎士』のソプラノたちの重唱のように,いやそれよりも美しく歌われていました。
 じつは演奏がはじまるまでモーツァルトの『ミトリダーテ』だと思い込んでいたので,序曲が鳴って「ありゃ違うわ」というわけだったのですが,ロココテアターの雰囲気といい,典雅なバロックオペラといい,とてもいい経験をしました。

おすすめのYouTube

 YouTubeで全曲はアップされていません。ひとつの公演をブツ切りにしたものが5つ,6つあります。随分と体格の違う歌手ですね。
 ですから,同じ話をもとに作曲したモーツアルトでも鑑賞してください。「mozart mitridat」ではミンコフスキー指揮のサルツブルク公演の秀演があるのですが,残念なことにバラバラにアップされ,欠けている部分もあって通しで観ることができません。でも,古楽器グループのシャープな演奏とモダンだけれどスタイリッシュな演出を見逃すことができません。「Mozart “ ミトリダーテ,re di Ponto” overture/Minkowski」「Mozart – ミトリダーテ Redi Ponto K.87/74a MINKOWSKI 2/2」です。
 もうひとつ,「mozart ミトリダーテ 1993」で検索すると出てくる「Mozart, W.A. – ミトリダーテ,Re di Ponto(Ford, London 1993)」というのがあります。サルツブルク公演に劣らないスタイリッシュな英国ロイヤルオペラの公演です。

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