2020年1月号掲載
物見遊山のフラヌール または聴かずに死ねるかクラシック その23
中木 高夫 看護ウォッチャー 
パリ以降④

編集部に届いた一通のメールからはじまった遊歩連載はクリスマスでフィナーレを迎えます。前後編で贈るクリスマスプレゼント,始まります。


 1週間,なんの予定もなく,冬のドイツの曇天のもと,ずっと娘宅の与えられた部屋で最近の日本映画でYouTubeにアップされたものを見たり,日本から持ってきた『寂しい写楽』『京伝怪異帖』『甲賀忍法帖』『高杉晋作─わが風雲の詩』『ハーバード大学は「音楽」で人を育てる─21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』やKindleで『マルティン・ルター』『新聞記者』『反知性主義─アメリカが生んだ「熱病」の正体』を読んだりしていたために,娘に「引きこもりやなあ」と笑われています。
 コンサートもオペラもめぼしいものがないので仕方がないです。

12月23日(土)
写真 ハイデルベルク大学の教会ペータースキルヒェ
 今日から娘家族はムコ殿の実家へクリスマスの行事に参加しに行きます。ホームズとレイのストレスの研究で,ストレス度の順にライフイベントが並べられた表があります。そのなかに「クリスマス」があります。娘がクリスマスのための準備をしているのを見ていると,こりゃ大変やと思いました。親戚やら友人やら,ありとあらゆる人にあげるプレゼントを買ってきて,包装して,カードを書いて……。商業主義的お祭り騒ぎや若者たちの欲望丸だしの日本のほうが楽チンですね。ケーキだって買って帰ればいいのですから。
 ぼくは聖ペトロ教会(Peterskirche,ペータースキルヒェ,写真)で開催されるハン・セバスチャン・バッハ作曲の「クリスマスオラトリオ Weihnachtsoratorium」を聴きに行くので,明日の朝に合流する予定です。
 「クリスマスオラトリオ(というとサンタクロースが出てきそうで,「ヴァイナハツオラトリウム」のほうがバッハらしいですね)」は,降誕節から顕現節(カトリック教会や聖公会は「公現節」という)までの祝日のための6つのカンタータから成り立っていて,それぞれの祝日に歌われました。

* * *

 カンタータというのは礼拝に合わせて歌われる音楽組曲で,バッハはいま残っているだけで生涯に約200曲も作曲しています。礼拝のなかの歌は,ルターが宗教改革を行なうまでは,グレゴリオ聖歌を聖職者だけで歌っていました。ルターはラテン語聖書をドイツ語に翻訳し,それを朗読して,それをもとに説教し,ドイツ語による讃美歌を作曲して,会衆が礼拝の内容を理解し,積極的に参加できるようにしました。讃美歌のことをコラールといいます。
 バッハのカンタータは,その日に朗読される聖書の内容に合わせて作曲され,管弦楽伴奏付きの壮大な,華麗な,あるいは沈鬱な合唱や福音史家(エヴァンゲリスト)と呼ばれる役割のテノールのレシタティーヴォ(叙唱),ソプラノ・アルト・テノール・バスのソリストによる独唱や重唱,そして会衆も参加したと思われる讃美歌(コラールと呼ばれる)などを組み合わせて,ひとつの礼拝のための組曲を形づくっています。
 バッハは後期バロック時代最大の作曲家ですから,その時代の様式で作曲にあたっています。管弦楽伴奏付きのアリアといっても,単に伴奏に終始するわけではなく,まるでソロとの協奏曲のようであったり,ソロとの重奏(重唱)のようであったり,技巧のかぎりを尽くします。  福音(聖書の文章)は,福音史家役のテノールによって,語りかけるように歌われます。こうした歌い方をレシタティーヴォ(叙唱)といいます。福音史家がレシタティーヴォで歌うところは聖書の言葉ですが,そのなかに複数の人たちの台詞の部分があると合唱が受け持ちます。福音史家以外のソリストによるレシタティーヴォやアリアは聖書の言葉ではなく,宗教詩にもとづいています。
 もう1つ重要なのは讃美歌です。礼拝では会衆も一緒に歌うところですが,芸術音楽を聴く演奏会では舞台のうえの合唱団だけで歌います。
 こういう曲を組み合わせた組曲が約200日分あるのですから作曲するほうも大変です。いきおい使いまわしや編曲も出てきます。そこがまた楽しいところで,別のところで聴いたことのある曲がかたちやおもむきを変えて現れると,思わずニンマリとしてしまいます。

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