2020年2月号掲載
物見遊山のフラヌール または聴かずに死ねるかクラシック その24
中木 高夫 看護ウォッチャー 
パリ以降⑤

バッハのベルリンは少年時代の記憶を彷徨う思想家のそれと重なるのかどうか。その先にはDr.Nakakiのハイデルベルグのフラヌールが……先月に続きで一区切り。次のフラヌールに乞うご期待。


12月23日(土)(承前)
 ヨハン・セバスチャン・バッハ作曲「ヴァイナハツオラトリウム」は,いまでは礼拝のために歌われるよりはコンサートで歌われることのほうが多いので,その場合は6つ全部とか,そのうちの4つというようなプログラミングになります。今日は全曲演奏のはずです。
 では,1日ごとにその日の聖書の聖句と聴きどころを紹介しましょう。
第1部:降誕節第1祝日のためのカンタータ
 この日の福音「そのころ,皇帝アウグストゥスより命令が出され,全国民が登録することになった。そこで人々はみな登録のため,各々自分の故郷に帰った。ヨセフもまたガリラヤのナザレという町より,ユダヤの土地ダビデの町,ベツレヘムという所に上って行った。ヨセフはダビデの家系であり血統なので,彼の妻となるマリアとともに登録するためであった。マリアは身重であった。彼らがそこにいる間に,マリアは子を生むときを迎えた」「そしてマリアは男の初子を生み,彼を飼馬桶に寝かせた。宿には居場所がなかったためである」
 聴きどころは最初の曲「歓声をあげよ,喜び踊れ,さあこの日を讃えよ,いと高き方が今日なされたことをほめたたえよ!」です。ティムパニーの連打にトランペットが重なってこれ以上ない喜びにあふれた曲です。
第2部:降誕節第2祝日のためのカンタータ
 この日の福音「さてこのあたりに羊飼いたちが羊らとともに野宿しており,その群れの夜の見張りをしていた。すると,主の使いが彼らに近づき,主の栄光が彼らを照らしたので,彼らはひどく恐れた」「すると天使が彼らに言った。《恐れるな。さあ,わたしはお前たちに大いなる喜びを告げる。それはすべての民におとずれる喜びである。今日,お前たちに救い主が生まれた。彼こそキリスト,ダビデの町に生まれた主である》」(聖書の朗読はいつもテノールなのに,この天使のところはソプラノが歌います)「またそのしるしとして,お前たちは嬰児が布でくるまれて飼馬桶のなかに寝ているのを見るであろう」(この言葉も天使の言葉なので,ソプラノが歌うこともあるようです)「するとたちまち御使いのもとに多くの天の軍勢が現れ,神を賛美して言った。《いと高きところには神に栄光あれ,地には善意の人々に平和あれ》」(《 》の中は合唱。ミサの栄光唱の最初の部分の言葉です)
 聴きどころは第1曲です。12/8拍子の静かな曲で,歌は入りません。フルート(天使)とオーボエ(羊飼いたち)との対話と受けとれます。野原に羊と羊飼いたちがいる様子を表しています。田園曲(Pifa)と呼んでもよいような曲です。
第3部:降誕節第3祝日のためのカンタータ
 この日の福音「そして御使いたちが去って天に行くと,羊飼いたちは互いに言い合った。《さあベツレヘムに行き,そこで起きた出来事を見よう。そこでは見られるはずだ,主がわたしたちに告げられたことが》」(羊飼いが言う《 》のなかは合唱)「さて,彼らは急いで行き,マリアとヨゼフの2 人と,飼馬桶に寝ている嬰児を見つけた。彼らはこのことを見て,この子について語られたことを言い広めた。するとその話を聞いた者はみな,羊飼いの語ったことを怪しく思った。しかし,マリアはこれらの言葉すべてを受けとめ,こころのなかで思いをめぐらせた」「そして羊飼いたちは帰路につき,神を讃美した。すべて,彼らの見聞きしたことが,彼らに告げられたとおりだったからである」
第4部:新年,キリストの割礼と命名の祝日のためのカンタータ
 この日の福音「そして8日たって,その子が割礼される日となったので,幼子はイエスと名づけられた。この名は天使によって名づけられたもので,その命名は彼が母の胎内に宿る前のことだった」(マリアへの受胎告知のときに大天使ガブリエルが「その子の名をイエスと名づけなさい」と言ったことを思い出させます(フラ・アンジェリコの「受胎告知」の絵[写真1]が高校の教室の黒板の上に飾られていたのを思い出しました)。
写真1 フラ・アンジェリコの「受胎告知」
 聴きどころは第4曲のソプラノのアリア。もしかしたらヴァイナハツオラトリウムのなかで最も有名な曲かもしれません。はじめて聞いてもすぐに覚えてしまいます。6/8拍子の美しいメロディを最初はオーボエが奏でます。このとき舞台裏に位置するもう1 つのオーボエが「こだま」を聞かせます。なぜなのかはソロが出てきてわかります。ソプラノソロとオーボエが掛け合い,ソプラノの問いかけに,舞台裏のもう1人のソプラノが「ja(yes)」や「nein(no)」とこだまで応えます。
 そして,第6曲のテノールと独奏ヴァイオリン2本がからむアリアも聴きどころです。それぞれの技巧的なところが印象的。
第5部:新年最初の日曜日のためのカンタータ
 第5部からは東方の3博士(賢人)の物語になります。
 この日の福音「イエスが生まれたのはユダヤの地ベツレヘムでヘロデ王の代だったが,そこに東の国の博士らがエルサレムに来て言った」「《生まれたばかりのユダヤ人の王はどこにおいでですか?》」「《わたしたちは東の国で彼の星を見て,彼を拝むために来ました》」(3人の博士の言葉はアルトによるレシタティーヴォ(叙唱)の間にはさまれる)「ヘロデ王はこれを聞き,おびえた。彼とともにエルサレム全市もおののいた」「そしてすべての祭司長らと民のなかの律法学者らを集めて,彼らに尋ねた,キリストはどこで生まれたのか,と。彼は王に言った。《ユダヤの地ベツレヘムにて。預言者によってこう記されております。『そしてお前,ユダの地なるベツレヘムよ,お前は決してユダの司らのなかで最も小さい者ではない。お前のなかから指導者がわたしの元に来て,わたしの民イスラエルの主となる』》」(これがのちの嬰児の大量虐殺につながるのです)
 聴きどころは第9曲のヴァイオリン独奏のオブリガートを伴うソプラノ・テノール二重唱にアルトが対峙するところでしょう。
第6部:顕現節のためのカンタータ
 この日の福音「さてヘロデはひそかに博士らを招いて,彼らから念入りに聞き出した,いつその星が現れたのかを。そして彼らをベツレヘムに行かせるべく言った。《そこに行き幼な子のことをよく尋ね,そしてその子を見つけたならば,わたしにふたたび教えてくれ。わたしも行ってその子を拝みたいから》」「彼らは王の言葉を聞いて目的地に向かいはじめた。すると,東の国で見た星が,彼らに先だって行き,彼らが着くまで幼な子のいる所の上に留まった。彼らはその星を見てとても喜び,その家に入ると,幼な子とその母マリアを見つけ,ひれ伏してその子を拝み,かつ宝の箱を開けて,彼に金,乳香,没薬を贈った」「そして神は彼らに夢のなかでヘロデのもとに引き返すことのないように導いたので,彼らは他の国を通って自分の国へと戻った」
 聴きどころは第1曲の導入合唱と第9曲で何度か聴いたことのある旋律の最終コラールでしょう。トランペットが活躍します。

* * *

 いまは午後11時半。幸せな気分で家に帰って,夕食をつくって食べ終えたところです。今回の旅行の最後がバッハでよかった,というのが正直な気持ちです。
 ハイデルベルク・バッハ合唱団(Bachcor Heidelberg)は1885年(明治18年)の創設。今年が創立132年になります。ハイデルベルク大学の音楽監督だったフィリップ・ヴォルフラムという人が創設者で,第2次大戦とその後というつらい時期を乗り越えて,現在はクリスチャン・カビッツが第4代指揮者です。彼はハイデルベルクのテアターのオケ(正確にはPhilharmonische Orchester Heidelberg)とよい関係を築き,年に3~4回の定期演奏会を行なう実力です。先月もヴェルディのレクイエムに参加していました。
 このバッハ合唱団がカビッツの指揮のもと,テアターのオケとの共演が今晩のバッハのヴァイナハツオラトリウム全曲演奏です。祭壇は奥行きはあるのですが,横幅はあまりないので,かなり高いところまで合唱団がいます(写真2)。高所恐怖症のぼくでは無理です。
写真2 別のですがBachchor Heidelbergのコンサート風景
 よかったところ。第1部の第1曲目が鳴ったとたん,「なんてきれいな響きなんだろう!」と,また涙ぐんでしまいました。石の教会の響きなんでしょうね。でも,石の教会でも,かなりの材木が使用されているそうです。合唱だけでなく,オケも喜んでいる感情がすごく乗っていました。
 オケでは,まずトランペット。最初から仕舞いまで,大活躍なんですが,それが決まっていた。おかしな音がないのです。第3部と第4部の間に休憩時間がとられたのですが,教会のことなので予鈴を鳴らすことができません。そこでトランペット。ブランデンブルク協奏曲第2 番の出だしをいきなり吹き出しました。一節吹いたら会場から思わず拍手。聴衆も知っているのですね。
 ヴァイオリンソロもよかった。コンサートミストレスのヴァルヤ・デルヴェンスカ(Valya Dervenska)。ブルガリアの人で,可憐な感じです(写真3)。
写真3 可憐なコンサートミストレスのヴァルヤ・デルヴェンスカ(Valya Dervenska)
 でも,指揮者もよかった。チェンバロを弾きながらの指揮で,現代楽器のオーケストラで古楽研究の成果をうまくとり入れていました。キビキビするところはキビキビと,じっくり聞かすところはじっくりと。どの曲でしたか,合唱がアカペラ(無伴奏)でデクレッシェンドするところがあったのですが,ほんとにキレイでした。
 こんな音楽が聴けて幸せです。27日にはフランクフルトを発って,28 日には関空です。

*なお,この稿はネットにアップされている浜松バッハ協会の荻野さまによる大作『J.S.バッハ「クリスマス・オラトリオ」解説』を,とくにルター訳聖書の言葉を参考にさせていただきました。

おすすめのYouTube

 YouTubeで見つけたいのはカール・リヒターの名演です。「karl richter bach christmas oratorio」で検索すると,懐かしいLPジャケット写真の「Karl Richter-Bach:Christmas Oratorio BWV 248 1/3」「同2/3」「同3/3」が見つかります。CD1枚ずつ,3つに分けてアップされているということです。ぼくはこれを聴きこんできたので,レファレンスになっています。ぜひ聴いてみてください。
 画像があったほうがいい人は「bach weihnachtsoratorium jacobs」で「レオノーレ」を指揮したるルネ・ヤコブスの超快速名演が聴かれます。「Bach-Weihnachtsoratorium(part 1)」と「 Bach-Weihnachtsoratorium(part 2)」です。オランダの会場(アムステルダム・コンセルトヘボウ)で,ベルリンの合唱団(RIAS室内合唱団),ベルギーの古楽器オーケストラ(B’Rock Barock-orchester)の組み合わせです。よくあんなにヘタな指揮で合わせられるなあ(トホホ)。でもリハーサルが厳しいのでしょう。超快速については賛否両論の書き込みがあります。CDの録音がその前後にアップされていますが,これほど先鋭ではありません。
 もうちょっと優美なほうがいいという人には,フランスのバッハはいかがでしょう。「bach oratorio de noel」で検索すると「Oratorio de Noel de Bach a la Philharmonie」というのが見つかります。オルケストル・ド・パリを聴きに行ったフィルハーモニー・ド・パリでの演奏会です。ローレンス・エクイベリィ指揮,Accentusとポエム・アルモニクの合唱,オケもポエム・アルモニクです。ルネ・ヤコブスと比較すると全然刺激的じゃないです(追記:残念ながら消去されているようです)。

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